Fascodeに所属して1年が経過しました。

ブログ

わたすけです。

SereneTeamがFascodeNetworkに改名した当時のこと、覚えている人はいるでしょうか。

2020/4/1のことでした。

なんやかんやあってFascodeNetworkに所属させていただいたのが5/11で、つまるところ今日はちょうど1周年なんですね。
加入した当時はこんなツイートをしてました。

いい機会なので、自分がいかにしてここでブログを書くようになったのか?というのを振り返ってみようと思います。

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すべての始まり

すべての始まりはハヤオです。

Twitterを始めて1年後、フォロワーが3桁いってないくらいの頃でした。
東方原作をプレイしていた当時、原作をやってる人と交流がほしいな~と思って検索したときに出てきたのがハヤオでした。同い年、東方知ってそう、プログラミングしてそうということでフォロー、これが始まりです。

当時(いつ頃かは忘れた)からSereneLinuxとSereneTeamの話をTLでちらりと見ることがあったのですが、まだLinuxに興味がない頃だったので手を出しませんでした。

Linuxに興味を持ち始める

小学生のころなんとなくWindows XPが入ったノートパソコンにUbuntuを入れて、邪魔だから削除したらMBRが吹き飛んだ程度には知識のなかった自分ですが、そんな自分がLinuxに興味を持ったのは「Linuxはプログラミング向き」みたいな情報を見たからです。

当時使っていたライブラリやエディタ(VSCode)はLinuxにも対応しており、Linux使ってみるか~ということでLinux MintDebianをVirtualBoxにインストールしました。
このDebian、自分にとっては奇跡のような出会いでした。インストール時に使いたいDEを複数選択することが出来たため、DEの違いがわからない自分は全てにチェックを入れてインストールしました。

チェック項目はこんなかんじ なんでもあるね

そのときにKDE Plasmaを初めて見たときの感動は今もちょっとだけ覚えてます。

KDE PlasmaのUIとLinux特有のフォントの美しさに惹かれ、なんとしてもLinuxでプログラミングを!と考えるようになりました。

Manjaro、そしてArchとの出会い

しかし。ライブラリのビルドがどうしても出来ませんでした。依存関係の解決が全くできなかったのです。
ビルドが出来なければLinuxは使えない、でも美しいUIでプログラミングをしたい・・・

そんな中、Arch Linuxでのライブラリのインストール手順を見つけ、Arch派生ならいけるらしいということで出会ったのがManjaro(もちろんPlasma)です。

Ubuntuではスクリプトをダウンロードし、手動で編集してから実行しなかったUbuntuに対し、Manjaroはpacmanですべての依存関係をインストール可能。Debianではどうしても出来なかったライブラリのビルドがあっさりと出来たManjaroは、当時の自分にとっては素晴らしい存在でした。日本語入力が上手く出来ないことを除いて。

Manjaroをいじってみたり、ArchInstallBattleをしてみたりする中、高専生としての日々が始まろうとしていました。

Alter Linuxのリリース

さて、記憶が正しければ入学式当日。
FascodeNetwork設立の話がTLに流れてきました。Alter Linuxのリリース発表も添えて。

事前に電話でデスクトップパソコンの持ち込みの許可を得ていたのにいざ入寮したら許可が出ず、ノートパソコンならOKとのことで急遽購入したノートパソコンに、リリースされたてのAlter Linux1当時はXfceエディションしかなかったをインストールした記憶はまだ残ってます。

当時書いた記事はこちら。旧ブログでは3位の人気を誇っています。

AlterLinuxを実機にインストールして使ってみた - わたすけのへや
わたすけです。先日ノートパソコンを入手し、どうせならLinuxをインストールして使ってみようかなと思い立ちました。 そこで、つい最近配布開始された、FascodeNetwork(旧SereneTeam)の「AlterLi

また、YouTubeには、Alter Linuxを使ってプログラミング環境を整える方法をまとめた動画も上げました。ちなみにこの動画、自分にとっては初のイージングを用いた解説動画でした。

FascodeNetworkへの加入

さて、ブログにも書いたとおり、Alter Linuxは、

  • Linuxに求めていた「UIとフォントの美しさ」をしっかり備えている
  • Arch派生
  • GUIインストーラ
  • 日本語入力がデフォルト装備

など、自分の求めていたものをすべて備えた素晴らしいディストリビューションだったわけです。

ただし、上に書いたとおり、当時はXfceエディションしかありませんでした。自分が好きなのはKDE Plasmaです。もちろんPlasmaをインストールして使っていたのですが、Alter Linux Plasmaが開発中とのことで、どうせならそっちを使いたいよな~と思っていました。

そんな中発見した応募フォーム!これは自分がPlasma開発に協力するしかない!!!!

ということで応募しました。通りました。ありがとうございます。動機はこれだったのですが、結局Plasma版には何の貢献もできてません。

ということで、FascodeNetworkとLinuxへの出会い、そして加入はこういう流れでした。

Fascodeでやってきたことを振り返る

入っていきなりやったことはMV制作です。頼まれてもないのに勝手に作りました。ちなみに下のやつは自分が作ったやつですが、個人的にはつくつんリメイクのほうが好きです(小声)

ブログでも取り上げてもらいました。

この記事にあるように、BGMは自作です。確か当時コロナの影響でCubase Elementsが一定期間無料で使えたので、それを使って作りました。結構サクッと作ったけどそこそこ好評でよかったです。

その後、Alter Linuxの一部ドキュメントの翻訳、たま~にブログを書くなどをしていました。

そんな中、TLで要望が出た「Alter Linux i3wm Edition」。
これはやるしかない!!!!!と思って、やります!っていったらやることになりました。i3wmエディションは自分が主導して作りました。

開発初期のスクショ

i3wmについてはQtでテーママネージャを作ったり、Polybar(デフォルトでは上にあるバー)のテーマを作ったり、Conkyでショートカット一覧を表示させたり、シェルスクリプトでCLI設定ツールを作ったり、マークダウンで頑張ってヘルプを作ったり・・・色々しました。

あとMVを作りました。

このMVも、BGMは自作です。

それと、ブログ記事に追記2と言いつつほとんど全部書き換えてしまったしました。

i3wmエディション、初心者にはとっつきにくく、常用者にはオリジナルのカスタマイズがむしろ邪魔であることもあってなかなか伸びず、フィードバックがあんまりないので、これを機に使ってみるとかどうでしょうか(ダイマ)。

他には、Kokkiemouse氏と協力してAlter LinuxのTUIインストーラを作ったり、Alter Linuxのインストーラ起動直後のローディング画面をいじったり、SereneLinuxのインストール中のスライドを作ったりしました。

やったことは多分これくらいです。

現在と今後

今は何故か開発チャットで流れてる話し合いみたいなやつにいきなり首を突っ込む迷惑な人と化してます。意見は多いほうが良いと思うので問題ないです

今後の展望・・・?ないですね・・・。自分の強みである動画編集はそれ専門の人がいるので、自分は音楽制作とC++で何か貢献したいところではあります。

終わりに

一年が経過して、まあまあFascodeにも貢献できたのかなと思っています。ただ最近はそうでもないのでどうにかしたいと思うところは無いこともないです。

とにかく言いたかったのは、Alter Linux i3wm Editionをよろしく!!!!!ということです。

今後ともよろしくお願いします。

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